名古屋高等裁判所 昭和40年(ネ)660号 判決 1966年3月29日
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し金四四万六、七九七円およびこれに対する昭和三八年一二月一日以降右完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人その余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決第二項は控訴人において金一五万円の担保を供するときは仮りにこれを執行することができる。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金五五万七、五九四円(ただし本位的請求については金四四万六、七九七円)およびこれに対する昭和三六年四月一四日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用および書証の認否は、左記のほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
控訴代理人は、別紙のとおり陳述した。
立証(省略)
理由
一、控訴人が訴外山本製菓株式会社に対し一三〇万円の貸金債権を有し、右債権担保のために訴外山本通義所有の本件物件につき名古屋法務局昭和三二年八月一四日受付第二二六三三号による順位第三番の抵当権を有していたこと、控訴人が昭和三五年六月二四日右抵当権に基づき名古屋地方裁判所に競売の申立をなし、右競売事件(同庁昭和三五年(ケ)第一一八号事件)において、被控訴人は第二番抵当権者として一一七万一、三四七円の債権を有する旨主張し配当要求をし、控訴人は、元金一三〇万円および最後の二年分の損害金一五万六、〇〇〇円合計一四五万六、〇〇〇円の配当を求めたところ名古屋地方裁判所は被控訴人に対し一一二万円、控訴人に対し四四万六、七九七円を配当する旨の配当表を作成したこと、控訴人は右配当表に異議を申立て、さらに被控訴人を相手どり名古屋地方裁判所に対し配当異議の訴を提起し、同事件は同庁昭和三六年(ワ)第五八一号事件として係属したが、同裁判所は控訴人の請求を全部認容し、「前記配当表を変更し、被告(被控訴人)に関する部分を取消す。原告(控訴人)に対する配当額を一〇〇万九、二〇三円とする。」旨の判決をしたこと、控訴人の右判決に対する控訴は昭和三八年一〇月二八日却下され原判決が確定したこと、名古屋地方裁判所は右判決に従つて控訴人に対し一〇〇万九、二〇三円、被控訴人に対し五五万七、五九四円を配当したことは当事者間に争いがない。
二、よつて先ず控訴人の不当利得返還請求について判断する。
原審における控訴人本人尋問の結果に成立に争いのない甲第一九、第二〇号証を総合すれば(1)被控訴人が主張する前記の債権は名古屋地方裁判所昭和三六年(ワ)第五八一号配当異議事件の確定判決に説示されているように全然存在しないものであること、(2)しかも同庁が右事件につき前記のごとき判決をなしたのは、控訴人が右配当異議訴訟の訴状請求の趣旨欄に、「原告に対する配当額を一四五万六、〇〇〇円とする」旨記載すべきところを誤つて「原告に対する配当額を一〇〇万九、二〇三円とする」旨誤記したためであつたから、控訴人は右のような明白な誤謬を看過した原判決を不当として、名古屋高等裁判所に対し「原判決中、控訴人に対する配当金一〇〇万九、二〇三円とあるのを取消し、右配当金を一四五万六、〇〇〇円と訂正する。」旨の判決を求めて控訴したところ、同裁判所は全部勝訴のゆえに控訴の利益なしとしてこれを却下したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
してみると、被控訴人は何らの債権を有しないのにかかわらず、本件競売事件において第二番抵当権者として一一七万一、三四七円の債権を有する旨主張し、結局五五万七、五九四円の配当を受けてこれを利得し、その結果控訴人は一四五万六、〇〇〇円の優先債権のうち一〇〇万九、二〇三円の配当しか受けられず、差引四四万六、七九七円の損失を受けたものというべきである。
三、以上の事実関係のもとにおいて、被控訴人は法律上の原因なくして五五万七、五九四円を利得したものかどうかが問題になる。配当異議訴訟が訴訟上の形成訴訟であることは原判決説示のとおりであつて配当異議訴訟の判決の内容に応じて変更された配当表に従つて配当が行われた以上、原則として確定判決の既判力が法律上の原因となり、確定判決に基く受益は不当利得とされず、再審の訴によるほか救済の道のないことはいうまでもない。これは、判決の権威を高めるとともに、権利関係の速やかな安定を図ろうとするものにほかならない。しかしながらそもそも不当利得制度の目的は形式的一般的には正当視せられる財産的価値の異動が実質的相対的にみて正当視されず公平に反すると認められるような場合に公平の理念に従つてその財産状態の皈趨を調整するためにその不公平な結果を除去するところにある。
そこで、本件の場合、前段認定の事実関係のもとで、被控訴人に前記利得の保持を許すことが前叙のごとき公平の理念にてらし是認されるべきかどうか考えてみると、被控訴人は前記のごとく何らの債権を有しないのにかかわらず優先権ありと主張していたのであつて、配当異議訴訟において敗訴の前記確定判決をうけながら五五万七、五九四円の利得をえたのも、それは控訴人の訴状の誤記という形式的錯誤に因つて生じたものに過ぎないから、右のような不当利得制度の公平の理念からみるときは、被控訴人に右の利得を保有せしめることは全く妥当性を欠くことは極めて明らかであるといわねばならない。してみると、このような場合にまで確定判決によつて権利関係の速やかな安定を図る必要は全くないわけであるから、形式的に裁判の権威にこだわることは決してとるべき途ではなく、実質的な不公平を除去すべく救済の道を開くことがかえつて司法一般の権威信頼を高める所以であると考えられる。(なお、本件については、名古屋高等裁判所がさきに前記のようないきさつのもとに提起された、本件配当異議の訴の第一審判決に対する控訴について、専ら形式的観点から全面勝訴の判決に対しては控訴の利益がないとしたこともその当否はともあれ看過すべきではない)
四、以上の次第で当裁判所は、被控訴人の五五万七、五九四円の利得は「法律上の原因」なくして受けた利得と解すべきところ、これがため控訴人の受けた損失は金四四万六、七九七円であることは計数上明らかである。してみると、被控訴人は控訴人に対し金四四万六、七九七円の不当利得金返還の義務あることは明らかであり、また、前段認定の事実によつて被控訴人が悪意の受益者であることは明白であるから右金員に対し本件配当を受けた日の翌日である昭和三八年一二月一日(被控訴人が本件配当を受領した日時が昭和三八年一一月下旬頃であることは当事者間に争いがない)以降右完済にいたるまで民法所定年五分の割合による法定利息の支払の義務あるものといわねばならぬ。
五、以上の次第で、控訴人の本訴請求は被控訴人に対し金四四万六、七九七円およびこれに対する昭和三八年一二月一日以降右完済にいたるまで年五分の割合による金員を求める限度で正当であるが、その余は失当として棄却すべきである。
よつて右と一部趣旨を異にする原判決は維持できないから、これを主文のとおり変更することとし、民事訴訟法第九六条第九二条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
別紙
控訴代理人の陳述
名地裁の配当異議訴訟に於て控訴人が原告として為した請求の趣旨は
(1) 名古屋地方裁判所昭和三五年(ケ)第一一八号不動産競売事件につき同裁判所の作成した配当表を変更し被告に関する部分を取消す。
原告に対する配当額を一〇〇万九、二〇三円とする。
訴訟費用は被告の負担とする。
旨を請求し、その請求の趣旨通りの勝訴判決があつたものである。従つてこの訴訟のみを見れば、原告の請求は全部認められている、しかし乍ら、右請求の趣旨記載の控訴人の債権額には誤記があつたものでその誤記の事情は次の通りである。
控訴人の優先債権は
元本一、三〇〇、〇〇〇円
(甲第五号証の一五〇万円中、同証の弁済期欄に昭和三二年一〇月三〇日金五〇万円
とある内金三〇万円及残金一〇〇万円)
最後の二年分の利息相当損害金 一五六、〇〇〇円
合計 一、四五六、〇〇〇円
であるので右配当異議事件に於ける控訴人の原告としての請求の趣旨は正しくは
(2) 名古屋地方裁判所昭和三五年(ケ)第一一八号不動産競売事件に付同裁判所の作成した配当表を変更し被告に関する部分を取消す
原告に対する配当額を一、四五六、〇〇〇円とする。
訴訟費用は被告の負担とする。
とすべきであつた。
ところが控訴人は異議申立をした配当表により昭和三六年四月一五日金四四六、七九七円の配当を受けた(甲第五号証末尾の配当奥書)
そこで右優先債権一、四五六、〇〇〇円より右の配当を受けた四四六、七九七円を差引いた残額一、〇〇九、二〇三円につき配当を受ければ足るものとして請求の趣旨記載を誤つて前記(1)の如く請求したものである。
右第一審判決後右請求の趣旨の誤記に気付き、控訴してその請求の趣旨は、右の(2)の如き趣旨であると主張したが、(1)の記載の通りの請求につき全部勝訴の判決があつたものとして控訴の理由なしとの判決があつたものである。
従つて右配当異議訴訟に於てはたとえ誤記による結果ではあるが
一、四五六、〇〇〇円の優先債権中
一、〇〇九、二〇三円のみの優先債権
を主張して之が確定判決を受けたものであつて、右の残額債権
四四六、七五九円
については控訴人は配当に対して異議申立をしてあつたが配当異議訴訟として提起していなかつたもので従つて確定判決の効力は、この部分には及ばないものである。
右控訴人の優先債権全額金一、四五六、〇〇〇円について配当異議訴訟が為されてその内金一、〇〇九、二〇三円のみが認められた場合とは明白に区別すべきである。
一般訴訟に於て、債権額の一部のみが主張されても後日残額債権は主張することが許されるべきである。
配当異議訴訟に於ても全債権額を一時に主張しなくとも残額債権が失われるものではなく、配当につき異議申立のあつたのに、その全債権額につき異議訴訟を起さなかつた場合は、もとより民訴法第六三四条が適用されるかその債権の一部につき異議訴訟を起さなかつた場合もその一部につき民訴法第六三四条の適用はあるべきである。
殊に本件の如き被控訴人の配当要求の債権が存在せずして配当異議が認められたものである以上、もし請求の趣旨の記載に誤記さえなければ当然全部の債権について配当異議が認められた場合に於てたとえ債権額の中配当異議訴訟に主張されぬ部分があつたとして之につき民訴法第六三四条の不当利得の請求の認められぬとするのは誤である。